2023年世界ホルスタインフリージアン会議に参加して

ジェネティクス北海道 2023年世界ホルスタインフリージアン会議

はじめに

 2020年に始まったパンデミックから3年、世界経済が昔のように活動し始める中、海外への渡航制限も緩和され、2023年になると日本でも少しずつ動きやすくなったように感じていました。そんな中、昨年11月にフランスで開催された世界ホルスタインフリージアン会議に参加させていただく機会を得ましたので、その一部をご紹介したいと思います。

世界ホルスタインフリージアン会議

 この会議(以下、世界会議)について書く前にWHFFについて説明します。WHFFとはWorld Holstein Friesian Federationの略で、日本では世界ホルスタインフリージアン連盟と訳されます。WHFFはホルスタイン種の改良や発展を目的に設立された国際機関で、体型審査の国際標準や登録規定、遺伝的不良形質等の認定や表記についての協議、勧告を主な業務としています。

 改良や遺伝性疾患など新たな課題へ対応するため各種ワーキンググループ(WG)の設置や課題検討もWHFFの大切な活動の一つですが、世界会議はその活動の中で最も大きなイベントと言えます。基本的に4年に一度世界各地で開催されていましたが、2020年のスイスでの世界会議は新型コロナウイルスの影響で中止となったため、今回の世界会議は2016年のアルゼンチン以来、実に7年ぶりの開催となりました。

 本来なら2024年に開催するはずでしたが、2023年はフランスのホルスタイン協会(Prime Holstein)の創立100周年にあたり、記念行事としてナショナル・ショウが開催されることから1年前倒しで同時開催となったようです。

ジェネティクス北海道 2023年世界ホルスタインフリージアン会議
会場の様子

2023年の会議について

 会場はフランス西部のナント市から車で1時間ほど走った大型アトラクション施設に隣接するホテルで、11月22日~23日の2日間にわたり行われました。

 会議のテーマは大きく分けて、1️⃣遺伝的多様性の維持、2️⃣メタン排出抑制・飼料効率、3️⃣新しい形質と今後のトレンド、4️⃣デジタルデータの活用の4つに設定されており、各国の研究者や関係機関の担当者がテーマに沿ったプレゼンテーションをし、その後、ディスカッションという形式で進められました。その中で私が個人的に興味を持った内容についていくつかご紹介いたします。

1️⃣遺伝的多様性の維持

 近交係数の上昇や遺伝的多様性低下への懸念は日本だけではなく海外も同様で、解決策のツールとしてゲノミック技術の可能性を示す発表がありました。

 フランスのパスカル・クロワゾー氏は、ゲノミック選抜(以下、GS)導入後、近交係数の上昇が問題視されているが、果たして本当にGSの影響なのかどうかをフランスのホルスタイン集団を使って血統を5世代に絞り分析しました。その結果、血統的にもゲノム(SNP情報)的にもGS導入後の方が近交係数の上昇率が大きくなったことを確認したそうです。遺伝的多様性の低下は改良量の減少や適応力の低下などのリスクがあり、少数の特定種雄牛に利用が集中することの懸念に触れて、遺伝的多様性の低下のリスクは世界的な課題となっているとして、いくつかの解決策を提案していました。

 例えば、ゲノム情報を持つ多くの候補牛から血縁関係の少ない雄を選ぶ、繁殖技術(MOET、OPU/IVF)の利用を強化して雄の数を増やす、計画的な交配で農家での種雄牛当たりの人工授精の数をコントロールする、多様性を考慮したインデックスで牛を評価するなどです。

 米国のトム・ローラー氏は近交上昇や多様性の確保にはゲノミック技術の応用で対応できるとしています。ホルスタイン、モンベリアード、ノルマンディの3品種をゲノムレベル(対立遺伝子の頻度)で比較するとその違いは7%程度しかないのですが、乳用種として改良されたこの3品種で乳生産のために働いている遺伝子(群)が異なっていたことを示しました。また、2014年時点の米国のホルスタイン集団をゲノムレベルで分類すると、プラネツト、ゴールドウイン、シヨトル、オーマン、その他の5つのグループ(系統)に分けられ、集団全体とこの5つのグループでそれぞれ推定したSNP効果からゲノミック評価値を算出すると、種雄牛のランキングは異なる結果となりました。このように集団や系統(グループ)、また世代が異なると対立遺伝子(SNP)の頻度も異なるので、遺伝的多様性は保たれているという見解でした。

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改良の方向性は同じでも、目指す手段は複数あり育種グループが異なれば遺伝的多様性は保たれる。

2️⃣メタン排出抑制・飼料効率

 メタン(CH4)は二酸化炭素(CO2)の23倍の温室効果があると言われており、世界的なメタン排出抑制の動きを受けて、牛から排出されるメタンも減らそうと遺伝的な研究が盛んになっています。

 オランダのファン・ブルーケレン氏の報告によると、排出量の遺伝的なバラツキも確認されており、遺伝率は11%~43%ほどで遺伝改良は可能であるとして現在も研究が続けられています。自動給餌機や搾乳ロボットへ取りつけた測定器で給餌中、搾乳中の牛からメタン排出量を計測してデータ収集しています。現在、オランダ国内の100戸の農家からデータを集めているそうですが、評価値の信頼度を上げるためには、さらにデータが必要で国際的なデータ共有が必要であると協力を呼び掛けていました。

 オランダ以外にもカナダ、オーストラリア、アイルランド、スペイン、英国などがこの研究に取り組んでおり、カナダでは信頼度の向上を目的に、検定乳の中赤外線(MIR)スペクトル解析から間接的にメタン排出量を推定したデータを遺伝評価に利用して2023年から評価値を公表しています。

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メタン測定器
米国のGreenFeed社製、自動給餌機と一体化している。
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メタン測定器
オランダのSinffer社製、搾乳ロボットに取付可能。

 また、近年の生産効率の向上や環境への負荷軽減の時代の背景から、飼料効率の改良に対する関心も深まっています。オーストラリアでは長年にわたり、飼料効率について研究が進められてきましたが、ジェニー・プライス氏からはオーストラリアのこれまでの経緯とGS導入後の現状について報告がありました。オーストラリアはニュージーランドと共同で2015年に世界で初めて飼料効率に関するゲノミック評価値(Feed Saved)を公表しました。その後、国際的な共同プロジェクトによってさらに研究が進められ、2020年にはゲノミック評価の予測式を更新して、より信頼度の高いゲノミック評価値を公表しました。しかしながら、余剰飼料摂取量(FRI)のデータを収集・拡大するのは難しく、ゲノミック評価の精度向上には国際的な協力と間接データ(MIRスペクトルデータなど)を増やしていくことが必要だと話していました。

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メタン排出抑制や飼料効率に関する研究は国際的な共同プロジェクトで進められている。カナダの発表より

3️⃣新しい形質と今後のトレンド

 フランスからはヨーネ病への抵抗性に関する報告がありました。マリー・P・サンチェス氏によると、約4千頭のSNP情報を持つ牛と約5万6千件の臨床データを用いた分析では、遺伝率は14%程度と推定され、種雄牛・雌牛共に遺伝的トレンドはやや増加傾向(好ましい方向)にありました。ゲノミック評価値で-1の牛は、+1の牛に比べて3倍の感染リスクがあるとしていましたが、リスクは牛群の発生状況に依存するため、選抜指数には組み込まず、限定的な利用に留めているようです。

 その他、オランダから回復力(Resilience)に関する報告があり、疾病やストレス等で生産性(乳量など)が低下した場合の回復に要する期間や安定性について分析した内容で、新しい形質の可能性を感じさせるものでした。

ジェネティクス北海道 2023年世界ホルスタインフリージアン会議
同じゲノミック評価値でもリスク因子は牛群のヨーネ病発症率によって異なる。

4️⃣デジタルデータの活用

 近年、酪農業界でもIoT機器やICT技術の導入が進んでいます。搾乳ロボットや装着型モーションセンサー、牛群カメラなどから得られた情報がスマートフォンやPCへリアルタイムに送信され、日常的に牛群管理に活用されています。これらの情報は毎日、または時間単位で機器によって測定された大量のデータが元になっており、このビッグデータを遺伝改良に活用しようと研究が進められています。

 大量のデータからいかにエラーを除いて分析に適したデータを得るか、メーカー毎に異なるデータフォーマットの標準化をどう進めるか、データの所有権の明確化、セキュリティ対策、どこが費用負担するかなど多くの課題が挙げられていましたが、これらのデジタルデータが遺伝分析に活用できるようになれば、現行のデータや形質と組み合わせて評価精度の向上や新たな形質の開発につながるのではと思いました。

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IoT機器、ICT技術による新たな形質の可能性

その他の話題

 世界会議の後にWHFFの総会が開催され、その中で新たな遺伝的不良形質に関する報告とその対応について協議されましたので、その一部を紹介します。

 2022年に米国で子牛の起立不能に関する事例が複数報告されました。発症した子牛は筋力の低下が認められ、起立不能となり肺炎などの二次的な要因で死亡、または淘汰となるケースが多いということです。当初、この症例は「Calf Recumbency」と言われておりましたが、総会で名称を「Early Onset Muscle Weakness」に、略称を「MW」にしたい、また遺伝子型の表記についての提案がなされました。90日のパブリックコメント期間が設けられ、それまでに事務局へ意見を欲しいということで総会が閉じられました。

 その後、WHFFのウェブサイトではMWに関する遺伝子型の表記が公表されていました※1。検査した結果、非保因ならMWF、遺伝子を1つ保因するヘテロはMWC、遺伝子を2つ保因するホモはMWS※2と表記すると勧告しています。

※1 https://whff.info/wp-content/uploads/2024/01/Genetic-Traits-and-Carrier-Codes-v4.pdf
※2 WHFFの表記は米ホルスタイン協会とは異なる。BLADやCVMとは違ってホモ個体が全て発症するわけではない(不完全浸透)。MWの詳細については不明なことも多く、米ホルスタイン協会でも現場の発症牛に関する情報提供を呼び掛けている。

最後に

 今回、個人的に印象に残ったのは、米ホルスタイン協会のトム・ローラー氏が言った「Genomic 2.0」という言葉でした。国際的な会議でゲノミック評価が初めて紹介されたのが恐らく2008年、アイルランドで開催されたこの世界会議だったかと思います。それから十数年、ゲノミック技術は遺伝評価だけではなく、遺伝的不良形質の発見や遺伝様式の解明、新たな評価形質の開発方法を加速化させるなど飛躍的な進展を遂げてきました。そして今、「Genomic 2.0」は、ゲノムを活用した乳牛改良が次のステップへ進むことを示唆しているのではないかと感じました。

 例えば、遺伝子発現に関して直接アプローチして、その情報を遺伝評価へ反映させるとか、遺伝と環境の相互作用の解明、エピゲノム、CNV、遺伝子ネットワークなど、ヒトのゲノムで応用されている技術がいよいよ乳牛改良へも取り入れられるのではと期待しています。実際に現場への応用は5年~10年のスパンはあろうかと思いますが、今後も牛のゲノム育種の動向から目が離せません。

 今回の世界会議への参加にあたって、日本ホルスタイン登録協会やJHBSの方々に大変お世話になりました。お陰で貴重な経験や知見を得ることができました。この場を借りて深謝いたしますとともに今後の業務に活かしていければと考えています。

(改良部 花牟禮 武史)