ゲノミック評価の進展と後代検定事業の見直しについて
乳用牛改良推進協議会事務局
家畜の改良は、ゲノミック評価技術の登場によって、大きな変化をむかえました。その変化等に対応し、乳用牛の改良を、都道府県等の関係者と連携して推進するため、(独)家畜改良センター、(一社)日本ホルスタイン登録協会、(一社)ジェネティクス北海道、(株)十勝家畜人工授精所、(一社)家畜改良事業団は、乳用牛改良推進協議会を2020年度に設立しました。
乳用牛改良推進協議会は、国内ゲノミック評価の普及に努めつつ、優れた国産種雄牛の作出とその利用拡大を推進することとしています。
毎年度、「乳用牛改良推進実施計画」を作成し取組みを進めており、2022年7月には、「後代検定の効率化」と「ヤングサイアの活用」を掲げました。
具体的には、次の流れ図のように、ゲノミック評価の参照集団の拡大(雌牛追加)により遺伝的能力評価値の信頼性向上を図り、ヤングサイアの活用とともに、後代検定事業を効率化することを検討しています。
そこで、こうした取組みの背景等についてご紹介します。
【なぜ、いま、後代検定事業を見直すのか】
乳用牛改良の様々な場面で、「ゲノミック評価」と「ヤングサイア」が注目されています。「ヤングサイア」とは、後代検定成績が判明する前の「新しい世代」の若雄牛です。従来は、遺伝的能力として両親の平均値の情報(PA)しかありませんでしたが、本牛のゲノム情報※に基づく「ゲノミック評価」により、生まれてSNP検査を受ければ遺伝的能力評価値(以下「評価値」と言います。)を得ることが可能となりました。
(独)家畜改良センターは、2013年に未経産牛の遺伝的能力評価にゲノミック評価を採用し、2017年からヤングサイアの評価を行っています。評価値は、候補種雄牛の選抜の参考として利用され、特に高い能力が期待される一部については、その精液の一般供用も始まっています。
一方、ヤングサイアの活用を拡大するには、評価値の信頼性の面から、ゲノミック評価の基礎となる「参照集団」(泌乳や体型の情報とともにゲノム情報を持つ牛の集団)の大きさ等が課題でした。
これに対し、SNP検査を支援する国の施策によりゲノム情報の蓄積が進んだことから、参照集団への雌牛の追加を検討できる段階に到達しました。この遺伝的能力評価方法の見直しによって、評価値の信頼性向上が期待できます。そのため、ヤングサイアの活用拡大とともに、後代検定事業を、ゲノミック評価の継続的な信頼性確保を目的とした娘牛生産の仕組みに効率化することを検討することとなりました。
※)ゲノムとは遺伝子をはじめとした遺伝情報全体を指し、遺伝的能力評価には「SNP検査」で得られた情報が使われます。
【重要なのは遺伝的能力を正確に推定すること】
親から子に伝わる能力が「遺伝的能力」です。家畜の改良のためには、飼養管理等の影響が含まれる測定値、すなわち「表型値」ではなく、子に伝わる遺伝的能力の優れた親を選ぶことが重要です。しかし、遺伝的能力は直接測定することができません。娘牛等の乳量・乳質や体型、繁殖性等の表型値から統計的に計算し、「遺伝的能力評価値」として推定します。
間接的な情報から推定するため、2つの誤差が心配されます。
1つは、娘牛数等の情報量に限りがあることによる統計的な誤差です。この誤差は、「信頼度」や「信頼幅」で示されます(図1)。
もう1つは、情報の偏りによる誤差です。例えば、特定の種雄牛が特定の牛群に偏って交配されると、種雄牛の遺伝的能力と牛群の効果の区別が難しくなります。そのようにして生じた誤差は数字で表すことができません。我が国の後代検定事業は、このような誤差を、娘牛をランダム(無作為)に配置することで排除する、世界に誇れるシステムとして行われています。
(図1)種雄牛の評価値の信頼性に影響する2つの誤差
情報量による誤差 → 信頼度や信頼幅を表示
情報の偏りによる誤差 → 後代検定事業では娘牛のランダム配置により排除
情報に偏りがなければ、真の遺伝的能力は図2のように分布します。真の遺伝的能力は、評価値よりも「高い」あるいは「低い」可能性がありますが、中央にある評価値に近い確率が高く、評価値から離れるほど確率が小さくなります。(種雄牛については一般供用され娘牛が多数になると信頼度がほぼ100%、信頼幅がほぼゼロとなり、「評価値=真の遺伝的能力」に近づきます。なお、情報の偏りによる誤差は、この分布の中心が左右にズレているのに、そのズレ幅がわからない、といったイメージです。)
改良を効果的に進めるためには、より正確に遺伝的能力を評価することがカギです。そのためには、情報の量と質、そして、その情報からより誤差が小さい評価値を得ることができる「評価技術」が重要となります。
(図2)真の遺伝的能力と評価値との関係
【最新の遺伝的能力評価技術、それがゲノミック評価】
雄牛は泌乳しないため、種雄牛の遺伝的能力は、娘牛の情報から推定する形で始まりました。さらに、電算機の発達とともに血縁関係を幅広く利用する技術へと発展し、雌牛も含む個体の遺伝的能力評価が行われてきました。
ところが近年、本牛のゲノム情報を利用する技術が実用化されました。それが「ゲノミック評価」です。娘牛や自身の記録とゲノム情報を持つ牛を「参照集団」とし、参照集団のゲノム情報との似通い度から本牛の遺伝的能力を推定する、といったイメージです。
ゲノミック評価の導入によって、娘牛のいないヤングサイアや自身の記録のない未経産牛であっても、本牛のゲノム情報があれば一定水準の信頼性を有する評価値が得られるようになりました。
(図3)ゲノミック評価のイメージ
ちなみに、ゲノミック評価により、評価値の信頼度は図4のように向上します。
(図4)評価値の信頼度(%)の目安
【ヤングサイアの特徴】
近年の改良量を見ると、NTPであれば、年200ポイント、3年で600ポイント改良されています。それを踏まえ、例えば、NTPが+3000ポイント・信頼度85%の種雄牛A(検定済)と、NTPが+3600ポイント・信頼度65%の種雄牛B(ヤングサイア)がいたとします。情報の偏りによる誤差は無視して、この2頭の真の遺伝的能力の分布を重ね合わせると図5のようになります。
(図5)検定済種雄牛とヤングサイアの評価値の相違(イメージ)
ヤングサイアの方が信頼度は低いわけですが、平均的な世代間隔程度である600ポイントの差があれば、仮に真の遺伝的能力が評価値より低かったとしても、検定済種雄牛を下回る可能性は低いことが見て取れます。ヤングサイアの評価値は信頼度が低いため、検定済種雄牛になった時に評価値が下がる可能性が検定済より大きいわけですが、(上回る可能性もあるわけので、)特定のヤングサイアに集中せず、複数のヤングサイアを利用すれば、そのリスクも分散させることが可能です。
また、図4からは、ゲノミック評価により、遺伝率が低い空胎日数の信頼度が44%程度あることがわかります。さらに、娘牛1000頭になると、信頼度は94%程度まで高まります。ヤングサイアを早期に一般供用すると、これまでであれば、新規に検定済として選抜される時期には、多数の娘牛を持ち、遺伝率の低い形質でも高い信頼度が得られることになります。
繁殖性等あまり改良が進んでいなかった形質の改良を進める方法として、ヤングサイアを積極的に活用して牛群平均としての改良速度を高める方法に加えて、高い信頼度が得られた種雄牛を活用して個体ごとに確実に改良する方法も考えられるようになります。
このように、ゲノミック評価を上手く活用することで、繁殖性等についても、今までより改良が進むことが期待されます。
【参照集団の充実でゲノミック評価がさらに進展】
ゲノミック評価と言えども、その牛の真の遺伝的能力がわかるわけではありません。参照集団の大きさと質が評価値の信頼性に影響します。わが国では国内外の種雄牛を参照集団としてゲノミック評価を行ってきましたが、種雄牛だけでは大きさ(現在約13千頭)が限られ、情報の偏りや選抜等による偏りも心配されてきました。
これに対し、わが国では、後代検定事業を中心として、わが国の飼養環境下において、偏りが小さい検定娘牛を中心に、泌乳や体型の情報とともにゲノム情報の蓄積が進められてきました。その結果、種雄牛に加えて、検定娘牛等の情報を参照集団として利用することが検討される段階となりました。
図6は、29 後検前期の候補種雄牛について、候補種雄牛段階の評価値(2017 年8 月)と、検定済となった段階の評価値(2021 年8月)の関係(分布)を見たものです。参照集団拡大前の現在のゲノミック評価でも、NTPで0.7 程度の相関が得られています。候補種雄牛頭数を以前の185 頭から直近の100 頭にまで減らすことができたのはこのためです。
図中の候補種雄牛段階の上位2頭のように、検定済となっても変化が小さいものが多くみられます。しかしながら、評価値が上昇するもの、低下するものも少なからずいました。
これまでの評価では、この程度は評価値や順位の変動があったわけですが、参照集団に雌牛が追加されると、ヤングサイアの評価値の信頼性が高まり、図4のような信頼度が得られるようになります。図6右側はイメージですが、検定済となった段階での変動は小さくなることが期待されます。
なお、参照集団に追加される雌牛は、後代検定事業で得られた検定娘牛と、その同期牛が中心です。まさに、関係者の連携・協力と尽力の賜物であり成果です。
(図6)候補種雄牛段階と検定済となった段階での評価値の変動(29後検前期の例)
【後代検定事業は新たな段階へ】
このように、参照集団への雌牛の追加によるゲノミック評価の進展により、特にヤングサイアの遺伝的能力評価値の信頼性向上が期待されます。
ヤングサイアの活用を拡大し、検定済種雄牛とともにバランス良く利用することで、牛群改良をより効果的に進めることができる、そう考えられる段階となりました。
一方で、ゲノミック評価の信頼性を維持・向上させていくためには、最新世代の情報、すなわちヤングサイアの娘牛等の情報を継続的に収集することが必要です。
乳用牛改良推進協議会では、こうしたことを踏まえ、ヤングサイアの活用とともに、後代検定事業について、その趣旨と目的を明確にしつつ、より効果的・効率的な仕組みに見直すことを検討しています。
娘牛を生産し、その同期牛とあわせ、泌乳や体型の情報とゲノム情報を収集する基本的な仕組みは変わらない見込みですが、具体的な内容を整理し、9月の「ブロック会議」で説明させていただきたく予定です。
関係者の方々と連携し、酪農の発展に貢献する国産種雄牛の生産に努めていきますので、引き続き、ご理解とご協力をよろしくお願いします。